2012年2月16日〜29日
2月16日  ライアン 〔犬・未出〕

 おれは再度フィルに挑んだ。脳が燃えるほどに集中して戦った。

 が、また敗けた。
 泣きはしないものの、ついぽろりと言ってしまった。

「なんで勝てないんだよう」

 フィルは吹き出した。

「そりゃきみ、何年もセックス以外の時間はセルにとじこめられて、AI相手にチェスをするしか気晴らしがなかったら、多少なりとも上達するだろうさ」

 それでも彼は、敗者復活戦をやるかと聞いてくれた。

「いや、いい。相棒と買い物の約束がある」

 勝負の礼を言って、中庭に行くと、リーアムを見かけた。男づれだ。


2月17日 ライアン 〔犬・未出〕
 
 リーアムは北欧系の美青年の腕にぶらさがり、はしゃいでいた。
 おれはせつなくそれを見つめた。

 一度彼と話したことがある。
 リーアムはおれが負けたから振ったわけじゃない、と言った。

「おまえ、マンディと寝たろ」

 彼は言った。

「おれ、浮気者はイヤなんだ。旦那もいっぱい犬飼ってるし、ここでまでハーレムの一員になるなんて耐えられない。さびしいの苦手なんだ」

 新しい相手は不器用だが、信じられる男なのだという。
 ふたりをいじましく見つめていると、カップが手元に差し出された。


2月18日 ライアン 〔犬・未出〕

「寒いね」

 タクは笑い、おれの手にあたたかいプラスチックのカップを押しつけた。

「ホットチョコレート」

 彼は自分の分の蓋をあけ、少しすすった。ほっと息をはき、微笑みかける。

「うまい」

 おれもチョコレートをすすった。熱く、甘く、胸のなかに熱線がとおるように沁みていった。

「行こうか」

 彼はおれをうながした。

 おれは自然と彼の肩に手をかけた。彼は笑ったが、そのままにしていた。
 おれたちは歩きだした。今晩の主従三人のディナー、しゃぶしゃぶの材料を買いにいくのだ。


2月19日 キース 〔わんわんクエスト〕

「あいつはなんで、何年もとじこめられてたわけじゃないのに強いんだ」

 フィルが悔しそうにリビングから出てきました。またアルにチェスで負かされたようです。やつの手は読めん、と不機嫌に自室に戻っていきました。

 おれがあとでアルに、

「チェスしながら何考えてる?」

 と聞くと、アルは肩をすくめました。

「フィルの睫毛はきれいだな、とか。指先がほっそりしてセクシー、とか」

 ……たとえ、テレパシーの達人でも、アルの次の手を知るのは難しそうです。


2月20日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 昨夜はツイてなかった。
 バカ犬が、主人の鼻を蹴り飛ばしたのだ。

 主人は大理石の床で頭を打って、検査を受けた。おれは客とアキラと家令から小言を聞かされ、世界一の無能者のように言われて、すごすごドムスに帰った。

 だが、おれはめげない。
 ドムスに帰れば、ビールがある。サッカーの試合も録画してある。

 さらにベッドにもぐりこめば、気のいい男が傍らで寝ている。寄り添うと、寝ぼけつつ肩を引き寄せてくれる。
 だから、多少の不運などどうということはないのだ。


2月21日 ルイス 〔ラインハルト〕

 アキラは働き者だ。
 仕事の姿勢が常人とは違う。自分の犬の世話はもちろん、仲間の進捗もすべて頭に入っていて、なおかつ常に仕事を工夫している。
 経営者視点で仕事をしていると思う。

 ただし、月に一度、彼は人が変わる。
 日本からお姉さんが送ってきたマンガを読む日だ。

 電話にさえ出ない。聞こえないのだ。ものすごく集中していて、携帯を紙面の前に出しても、手でよけて読む。

 みんなもあきらめている。その日は何が起きても、アキラは存在しないものとして処理しなければならない。


2月22日 キース 〔わんわんクエスト〕

 おれたちは夕食はいっしょにとりますが、朝と昼はバラバラです。
 なので、みんなが朝、何を食べているかご紹介しましょう。

 まず、おれから。
 おれは朝、キッチンにやってくると、誰かが(たいがいミハイル)淹れてくれたコーヒーを飲んで目を覚まし、卵とベーコンを炒めます。ロビンがいればロビンのも。

 スクランブルエッグとベーコン。あとスプラウトとトマトを冷蔵庫から出して、それらを全部、トーストにはさんで食べます。
 かみ締めると、ジューシーでとってもうまいですよ。


2月23日 キース 〔わんわんクエスト〕

 今日はロビンの朝をご紹介します。
 ロビンはだいたいおれと同じ時間にキッチンにおりてきます。

 彼はワッフルやパンケーキ類が大好きです。ご機嫌が麗しい時は、まめにタネを作り、ワッフルトースターでいいにおいのワッフルを焼いています。そこにブルーベリーソースやメープルシロップをたっぷりかけて、幸せそうに頬張るのです。

 寝起きの悪い日は、シリアルです。でも、食べ終わる頃には気分がよくなるらしく、アルにソーセージやベーコンをねだります。


2月24日 キース 〔わんわんクエスト〕

 今日はちょっと早めに起きて、ミハイルの朝食風景をご紹介。
 ミハイルは一番早く起きるのです。

 一番にキッチンに入り、みんなのコーヒーを淹れます。
 しかし、当人の飲み物はミネラルウォーターです。ミネラルウォーターと黒パン。もしくは全粒粉の小さなトースト二枚。それだけです。

「ちょっと少ないんじゃない?」

 おれが呆れて言うと、彼は

「ここにきて、贅沢ばっかりしてる。少しはまともな感覚を持ってないと、いざという時、対応できない体になってしまう」

 とのことでした。


2月25日 キース 〔わんわんクエスト〕

今日はエリック。今日も早起き組です。

「おはよう」

 エリックはさすがに朝からきびきびしています。キッチンではじめにすることは、紅茶を淹れること。

 紅茶を淹れ、ミルクをたっぷり注ぎ、全粒粉のトーストを二枚焼いて、ダイニングに行きます。ミハイルと同じですね。違うのは彼の食卓にはチーズがひとかけのっていることぐらいでしょうか。

 ただし、エリックはわりとゆっくりしています。ミルクティーを飲みながら、朝の静かな時間に新聞を読むのが好きなのだそうです。


2月26日 キース 〔わんわんクエスト〕

 今日はアルフォンソです。
 だいたいおれたちの後ぐらいに起きてきます。

 朝からご機嫌で、たいがい誰かに抱きついてキスします。そしてまず、コーヒーを淹れます。

「ミハイルのはちょっとイタリア人用じゃないんだよね」

 コーヒーを淹れ、クロワッサンとチーズを用意。さらに果物、オレンジとかリンゴを一個もってダイニングにやってきます。
 彼ものんびり朝ごはんを食べます。

 でも、誰かが(主にロビン)が食べたそうな顔をしていると、わざわざ席を立って作ってやったりします。


2月27日 キース 〔わんわんクエスト〕

 最後はフィルです。
 彼は夜型らしく、朝は遅いです。しかし、起きてくると、くるくるよく働きます。

 ひとりでスクランブルエッグをいためたり、キッシュを作ったり。最近はベーグルがマイブームだそうです。スモークサーモンとクリームチーズ、ポテトサラダやハムなどをはさんで朝ごはんを楽しんでいるようです。

「セルで三食しっかり食べるクセがついちゃってね」

 キッチンで好きなものを作れるのは幸せだ、とのことです。


2月28日 エリック 〔調教ゲーム〕

毎日、それなりに寒い。ただここには雪がないのがさびしい。

 国にいる時は雪など面倒くさいだけのものだったが、まったくないとなると、少しもの足りない。

 いつか、あのひとと雪山に遊びにいきたい。
 ロッジで暖炉に火を入れて、ホットウイスキーを楽しむのだ。

 外は無音。火のはぜる音だけが響く。ひとつの毛布にくるまって、いっしょに火を眺めて……。

 でも、きっとあいつらもついてくるんだろうな。スキーだの、スノボだの、雪だるまだの作ってギャハギャハ遊ぶんだろうな。やれやれ。


2月29日 直人 〔わんごはん〕

 最近、ご主人様はお忙しいようです。寝る前に、ぼくが時々、肩を揉んであげると、獣みたいに唸って気持ちよげにしています。

 先日はご主人様が「おまえもやってやろう」遠慮したのですが、ご主人様はぼくを座らせ、肩と頭を揉みほぐしてくれました。

 太い指で頭の皮をほぐされると、涙が出てきます。彼が機嫌よくぼくを癒してくれているのが伝わり、胸があたたかくなりました。

「ハハ、かわりばんこに按摩して、なんか猿のグルーミングみたいだな」

 なんてご主人様は笑ってました。


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